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2016年10月11日 (火)

パーキンソン病とパーキンソニズム に対する鍼灸治療

高齢社会の到来により中枢神経系の変性疾患、ことにパーキンソン病やパーキンソニズム患者は増加傾向にある。本疾患群が慢性、進行性の経過を示していることから、薬物療法を受けながらもなお、鍼灸治療を希望して来院する患者も増加していると思われる。

『パーキンソン病を治す本」(安保徹、水嶋丈雄、池田国義著・マキノ出版)が出版されて以来、多くのパーキンソン病およびパーキンソニズム患者が鍼灸治療を受けるようになった。

パーキンソン病を完治させる薬物療法や外科療法が確立されていない現在、安全性が高く、副作用の少ない鍼灸医学に大きな期待が寄せられていると言えよう。

本稿では、パーキンソン病とパーキンソニズムに対する鍼灸治療の方法について紹介し、鍼灸医学の本疾患群に対する可能性について考察した。

I鍼灸治療の対象となる症状についてパーキンソン病およびパーキンソニズムの3大症状は、振戦、筋固縮、動作緩慢とされている')。しかし、実際の診療現場では、患者は多彩な神経症状を有し、その症状の軽減を希望して来院される。その症状とは、自律神経障害としての便秘症や起立性低血圧(たちくらみ)や筋固縮に伴う発声障害、身体が傾く姿勢反射障害などである。

表1は、2003年1月から現在まで、明治鍼灸大学附属鍼灸センターおよび附属京都駅前鍼灸センターに来院した22例のパーキンソン病とパーキンソニズム患者の訴える愁訴の種類と例数について集計したものである。いずれの症例も、既に一般的な薬物療法を受けた上で鍼灸治療を開始しており、また、患者が鍼灸治療による改善を希望した症状の統計であるため、患者の有するすべての症状について検討できたわけではないが、表1に挙げた症状は実|際の鍼灸臨床において治療対象となる症状である。

表1. 22症例に認められた愁訴
 症状          例数
 歩行困難        12
 四肢のこわばり感   12
 振戦           7
 痛み           7
 発声困難        3
 動作緩慢        3
 書字障害        2
 便秘           2
 全身倦怠感      1
 抑うつ感        1

その結果、当然ながら、すり足歩行や歩行開始困難(startinghesitation)に代表される「歩行困難」、あるいは「四肢のこわばり感」、「振戦」などが、上位に認められる。注目されることは、「痛み」を症状とする症例が7例と、全体の3分の1の症例で認められることである。

しかし、パーキンソン病やパーキンソニズムにおいては疼痛は一般的な症状として捉えられていないのではないかと思われる。腰痛を訴える患者の中には、変形性腰椎症や肩関節周囲炎の併発がうかがわれる患者もあるが、パーキンソン病やパーキンソニズムに特徴的な筋固縮が変形性腰椎症や肩関節周囲炎による「痛み」を更に増強させているとも考えられる。

そして、こうした筋固縮に起因すると思われる疼痛症状は、患者の苦痛も大きく、QOLを著しく低下させている。一方、鍼灸治療が様々な疼痛疾患に対して鎮痛効果をもたらすことは、周知の事実である。

実際に筆者らのパーキンソン病とパーキンソニズムに対する鍼灸臨床においても、著しい
疼痛軽減を認めることが経験されており、疼痛は本疾患群に対する鍼灸治療の適応症状として提示できるのではないかと考えている。

その他にも、「全身倦怠感」や「抑うつ感」を訴える患者もみられた。各々の症状に対する
鍼灸治療の効果については、現在もなお治療中であるため、改めて報告すべきであると考えているが、今回の考察によって多彩な症状に苦しむ患者像が明らかになるとともに、鍼灸治療の果たすべき領域の広さがうかがわれた。

パーキンソン病とパーキンソニズム に対する鍼灸治療

1)中医学的な鍼灸治療方法
パーキンソン病とパーキンソニズムに特徴的な症状を直接説明した中医学的な記載は見当たらない。そこで筆者らは、パーキンソン病やパーキンソニズムにみられる症状のうち、最も代表的な症状の1つである振戦について中医学的に弁証し、これを本疾患群に対する中医学的な鍼灸治療の方法としている。

四肢の振戦は「手頭」と「足頭」に分けられる2)。「手顛」とは手の振戦のことであり、「肝
風」「風疾」「風寒」「脾虚風動」「血虚風動」「陰虚風動」に弁証分類される。また「足頭」とは足の振戦のことであり、「血虚風動」「風寒湿」に分類される。

パーキンソン病とパーキンソニズムにみられる振戦は、四肢ばかりでなく、頚部や下顎にも認められる。したがって「手頭」と「足頭」のみによって本疾患群の振戦すべてを分類することには不足な点もあるが、筆者らは「手頭」と「足頭」の弁証分類のうち、外邪の侵襲によるものを除いて、中枢神経系変性疾患に相当するものを弁証分類として応用している。

①肝風内動

精神的な興奮によって肝陽が亢盛し、内風が生じて筋が動くことにより振戦を呈するものである。肝火旺の体質(激情型、筋肉質、赤ら顔)者に多くみられる。振戦は急激に発症し、強い振戦を呈する。随伴症状として、頭のふらつき感、頭痛を示す。舌は紅または暗紅で、脈状は有力である。治則は平肝息風で、合谷、行間、風池、肝命を用いて潟法の刺激を行う。なお、本証は高血圧脳症としてみられるものであり、症状発症の急性期には西洋医学的な救急措置を必要とする。

②脾虚風動

脾虚に乗じて、相対的に肝風が内勤して振戦を生ずるものである。振戦は緩慢で間欠的である。随伴症状として、握力の減弱、疲労倦怠感、食欲不振、軟便などの脾虚症状がみられる。舌は胖大、淡泊、脈状は沈緩で無力である。治則は健脾定風で、中院、三陰交、脾命を用いて補法を行う。

③血虚風動

慢性病あるいは慢性失血性疾患によって心肝血虚となり、筋肉を栄養できずに振戦が発症するものである。振戦は軽度であるが、しびれ感、動悸、肌につやがない、皮膚掻痒などの血虚症状を併発する。舌は淡泊、脈は細で無力である。治則は養血總風で、血海、三陰交、胴愈を用いて治療する。

④陰虚風動
高齢化や慢性の熱病によって陰液を失い、肝腎陰虚をきたし、陰虚陽冗に伴って内風邪が生じて振戦を呈するものである。振戦は緩慢であり、口やのどの渇き、皮膚乾燥、るい痩などの陰虚症状を呈する。舌は暗紅または紅緯、脈は細である。治則は滋陰總風で、関元、復溜、照海、太鐇、腎愈を用いて治療を行う。

実際の臨床上は、パーキンソン病やパーキンソニズムでは陰虚風動、肝腎陰虚を呈する症例が多く、矢野ら3)も、総合的に弁証するとパーキンソン病は肝腎陰虚証が多くみられると報告している。

2)頭皮鍼療法

頭皮鍼療法は、中枢神経系の疾患に伴う運動障害や言語障害、感覚障害など幅広く用いられている。杉(中国)はパーキンソン病における振戦抑制のための舞踏振戦抑制区を用いた頭皮鍼療法を紹介し、山下らは、パーキンソン病患者を対象に同区への通電療法を行い、臨床的な効果を報告した。

頭皮鍼療法の基礎医学研究に関しては、赤川らがパーキンソン病モデルマウスを用いて頭皮への刺鍼の影響について報告している。西洋医学においても、樋口らは頭部への低電圧パルス療法がパーキンソニズム患者の、特に筋固縮の軽減に有効であったことを報告している。

筆者らも、数少ない症例ながら頭皮への刺激(主に横刺術)がパーキンソン病とパーキンソ
ニズム患者の症状を軽減させることを経験している。筆者らが主に用いる頭皮鍼の刺鍼領域は、運動区あるいは舞踏振戦抑制区である。

3)振戦に対する低周波置鍼療法
振戦を強く訴える患者に対しては、特に陽明系に対する低周波置鍼療法を行う。上肢であれば、曲池一合谷、下肢であれば、足三里一三陰交(あるいは下巨虚)を用い、2~5肱で筋収縮がみられるように通電する。振戦に合わせるように、あるいは振戦が通電によって打ち消されるように通電できれば、振戦を抑制できる効果が高いように思われる。

振戦の軽減を目的とした低周波置鍼療法については、山下らによっても報告されておりそ
の効果が認められている。また、矢野らは四肢への鍼通電刺激が中枢神経系に与える影響を脳波トポグラフィーを用いて明らかにした。

通電療法には、局所的に筋の緊張を緩和したり、瘻痛を抑制したりするなど幅広い生体(病態)への影響がうかがわれる。したがって、通電刺激が中枢神経系へ影響し、振戦を抑制する機序を持つ可能性が予測される。

4)自律神経症状等その他の症状に対する鍼灸治療
便秘、起立性低血圧、排尿障害などの自律神経症状は多くの患者にみられ、かつ患者のQOL低下の主要因であると感じられる。筆者らは、パーキンソン病やパーキンソニズムに関連した疾患としてShyEDrager症候群の1例に対する鍼灸治療を経験している。

ShyDrager症候群は振戦や筋固縮、動作緩慢といった症状を呈しながら、自律神経症状として著しい起立性低血圧を主症状とする疾患である。筆者らはShyDrager症候群に対して、命刺を中心とした鍼治療を行い、座位姿勢でも失神発作をきたすほどの起立性低血圧が、院内独歩可能となるなどの改善を得た。また角谷らは、パーキンソン病を基礎疾患とした尿失禁患者に対して中膠を用いた鍼治療を行い、膀胱機能の改善を得ている。

鍼灸刺激が自律神経を介して様々な治療効果を発現することや、自律神経機能を回復させることは知られており、パーキンソン病やパーキンソニズムにおける自律神経症状の改善は患者のQOL改善のために極めて有益である。

パーキンソン病とパーキンソニズムに対する鍼灸治療効果
1)対象

明治鍼灸大学附属病院を受診し、パーキンソン病またはパーキンソニズムと診断され、鍼灸治療を行った12症例。平均年齢は58.1歳、発症から鍼灸治療開始までの平均罹病期間は72カ月間であった。鍼灸治療の対象となった症状は、振戦10例、歩行困難8例、動作緩慢2例であった。また、薬物療法の副作用症状の1つである

口部の不随意運動であるOraldyskinesiaが3例に認められた。なお、2例は30歳以下で発症した若年性パーキンソン病であった。

2)治療方法
薬物療法は、11例で鍼灸治療開始以前までの内容が継続して行われた。1例については、当院に来院して診断を受け、投薬を開始した。

鍼灸治療はまず脳血管障害患者に用いる基本的な鍼治療(脳血管障害配穴)を行った。これは筆者ら明治鍼灸大学内科鍼灸グループにおいて、脳梗塞などの中枢神経系疾患に対して基本的に用いている治療穴である曲池、外関、合谷、環跳、足三里を用いる置鍼術(10分間)である。

また、振戦を強く訴える患者に対しては、前項に示すような低周波置鍼療法を行った。さらに患者によっては、弁証による鍼灸治療(随証療法)を行った。その結果、治療方法は3例で脳血管障害配穴を行い、3例で低周波置鍼療法、6例で随証療法を行った。

表2に患者のプロフィールと治療方法を示す。
3)治療結果
①治療直後の変化(図1)
全12例のうち、最も多くの症例でみられた振戦の10例については、6例で症状の軽減を認めた。また、全身のこわばり感や発声困難に対しても治療直後に一時的ながら症状の軽減を認めた。しかし、歩行困難や動作緩慢、Oraldysldnesiaには直後効果は認められなかった。

全体として12人の患者がもつ26症状のうち10症状で直後効果が認められた。このことは、薬物の影響なしに鍼灸刺激が臨床的な効果をもたらしたものと考えられる。

②治療終了時の変化(図2)
長期的な薬物療法と鍼灸治療の併用効果を治療終了時に評価した。その結果、12例中9例で臨床的な効果が認められた。症状の種類としては、歩行困難の改善が4例に、振戦の軽減が2例に、動作緩慢の改善が2例に認められた。また薬物療法の副作用であるOraldyskinesiaの軽減が1例に認められた。さらに、3例については日常生活を維持するための薬物投与量の減量が可能となった。

鍼灸治療のパーキンソン病とパーキンソニズムに対する位置付けを以下のように考察した。

①鍼灸治療によって振戦や筋固縮といった本疾患群に特徴的な症状や、瘤痛など本疾患群に随伴する症状を軽減することができる。

②症状の軽減が一時的あるいは短期間であっても、進行性の疾患であるパーキンソン病とパーキンソニズムにおいて、薬物投与量を維持したり、時には減量できたりする。

③便秘や起立性低血圧(めまい、立ちくらみ)、排尿障害といった自律神経症状の軽減によって、患者のQOLを向上させることができる。

本疾患群に対する西洋医学的治療法はL-ドーパ療法を中心に、神経保護療法や外科的療法など、治療法に対する研究は今日も開発が進んでいる。しかし、現実にはなお、慢性的な症状に悩む患者は多く、高齢者人口の増大に伴って、今後ともパーキンソン病やパーキンソニズム患者は増大すると考えられる。L-ドーパ療法などの薬物療法が常に副作用と隣り合わせであることと、本疾患群が慢性、進行性の疾患であることを鑑みれば、患者にとっては、より安全で継続可能な治療方法が望まれる

。こうした点からも、本疾患群に対する鍼灸治療の効果を明らかにすることは、極めて重要な課題であると考えられる。多くの鍼灸師(治療機関)の臨床効果を集結し、基礎研究を種み重ねて、高いEBMに則った鍼灸治療の実践を実現すべき時期にきているとも言えよう

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